◆箱男/安部公房
おススメ度
「なんとも不思議な恍惚感…」
厭らしく鋭く、艶めいた知性の発揚。
 期待を裏切らない、本当に面白い本でした。誰からも意識して「見られる」ことのない、「見る」だけの存在である“箱男”…今となっては「視線」というテーマは決して珍しくはないですが、この作品には読者をグイグイと引き込んでいく音楽的なまでに見事な一流のリズムがあります。終楽章に向かうまで、とても心地よく、全くストレスを感じずに読み進むことができるのです。それと磨きのかかった生々しく厭らしい性と死の描写が、常に読者の期待感を高め続けます。はあ、この人の描く女は、どうしていつもこう…女性というより“女”なのかね??
 感動がある、とか、啓蒙される、とか、勉強になる、とか、そういった意味主張が読み取れる一般の本とは違います。
「読書すること」そのものの愉悦があるだけ、でもそれが氏の作品の、他に代えがたい魅力なんです。「箱男」は、“言葉で脳に刺激を与えること”のみをとことん追究したような作品。「実験的作品」といわれていますが、氏は机上で実験していた訳ではなく、端から私たち読者の頭の中まで見透かして、大きな実験の舞台にしていたような気がしてきます。特に読書の後半になるにつれ、「見るもの」と「見られるもの」、「本物」と「贋物」がめまぐるしく転換し、その回転を追っかけているうちに、自分の脳が加速度的に生き生きと電気を発し始めるのです。その緻密でロジカルな仕掛けが大脳を刺激しつ、随所に仕込まれたグロテスクな描写が視床下部までかき回し、非常にダイナミックな脳内体験へと読者をさらってゆきます。
 読後は、書き手の脳と、読み手の脳の間に、実際に電気的な相互作用が起こった!と信じさせるような、不思議な恍惚感が訪れます。これは特別な本。